まさに戦国時代!統一されない電子書籍形式

弊舎が初めて電子書籍を発売したのが2005年のこと。それから5年後の2010年。世間では電子書籍の夜明けとか、電子書籍元年などとざわめきだした。これは予想外にイイ波が押し寄せてきた!と、思ったのはつかの間。またまたおっぱじまった企業間戦争。どこの会社も自社の製品が一番とばかりに、端末開発やアプリ開発が勃発。現在、主だった電子書籍のデータ形式は「XMDF形式」、「EPUB形式」、「PDF形式」、「ドットブック」、「BBeB形式」、「MOBI形式」、「AZW形式」、「HTML5形式」、「Flash形式」、そしてアプリ型というように、乱立も甚だしく、しかも閲覧するための端末も、AmazonのKindle、AppleのiPad、iPhone、シャープ、Docomo採用のAndroid OS系、SonyのElnk、そしてPCとあり、それぞれに基本的に互換性はない。この端末と各種データ形式の組み合わせはいったいどのくらいになるのか?そしてすべての端末やデータ形式を動かすためのアプリは幾つ必要なのか?計算する気にもなれない有様です。

制作者側の都合の不都合!

まず、出版社の都合はこう。自社の本が売れるためには、自社専用のアプリでしか読めないように電子書籍を開発します。これは企業防衛の論理。たとえば角川書店の電子書籍は、角川の作った専用アプリでしか読むことができず、新潮社の電子書籍は、新潮社の作ったアプリでしか読めない。このように出版社の数だけ専用アプリが作られます。しかも、このアプリは、各端末ごとに制作しなければなりません。そのため、アプリ開発力がない出版社の場合、iPad では読めるが、PCでは読めないとか、Garapagosでは読めるが、iPadでは読めないというのが当たり前におきるのです。

さらに弊舎のような弱小出版社ともなれば、各端末ごとにフォーマットを変えて書籍を作るとか、大手出版社ごとのアプリに合わせて書籍を組むなんてことは至難の業。仮にそうしても商売ベースには乗りません。

出版社は自社の利益を追求するがために、電子書籍の文化を崩壊させる道を辿っているとしか思えません。そのために起きる現象が次項の読者の不都合です。

読者は不都合だけ!

前述のとおり、出版社や企業の都合でまったく統一されない規格と端末。このまま戦国時代が続けば、読者はこのようなことになるのです。

不都合その1
読みたい本は1出版社からのみ出ているわけではありません。そのため蔵書が増えれば増えるほど、その電子書籍を読むためのアプリが増えていきます。極端な話、30冊の蔵書すべてが異なる出版社であった場合、その端末には30種類のアプリが登録されます。しかもその操作方法はすべて異なるでしょうから、30種類のアプリの使い方を覚えなければなりません。

不都合その2
出版社がすべての端末で読める環境を構築していない場合は、さらに深刻な状況になります。たとえばKindleやApple の電子書籍を購入した場合、それ以外の端末では読むことができません。ある作家の作品が、出版社が異なるために、別々の端末向けに書籍を出したらどうなるでしょうか? 極端な例ですが、たとえば司馬遼太郎の「龍馬がゆく」はKindle版しかなく、「国盗り物語」はSonyのReader版しかなく、「坂の上の雲」はiPad 版しかなかったら、司馬遼太郎ファンは、端末を幾つも買わなければなりません。その反対に、端末が一台しか買えな人は、読める作家も、作品も限定されてしまうのです。

不都合その3
配信方法にも問題があります。すべての出版サイトではありませんが、ファイルを丸ごとダウンロードさせない所があります。ページをめくる度にダウンロードしながら読むという、ストリーミング型配信の電子書籍です。これは街中や自宅内での閲覧はできますが、アウトドアに出掛け、キャンプ場でのんびり読書でも!と思いきや、ネットにつながらず読めません!ということもあり得るのです。それはまるで、居間でしか読めない本、トイレでは読めない本、台所では読めますが寝室では無理、なんて本が書店で売っているのと同じです。そんな本を誰が買うのでしょうか?

不都合その4
完全ダウンロード型であっても、端末が壊れたらどうなるのでしょうか!? ほとんどの出版サイトでは読者を管理しており、購入した書籍は再ダウンロードできるでしょう。しかし、20社から10冊ずつ合計200冊の本を買っていたら、新しい端末に再度200冊分の書籍を再ダウンロードしなければなりません。今後、端末の性能はどんどんよくなり、1,000冊も2,000冊も蔵書できます!なんて広告を打って販売合戦!!で、壊れたら、2,000冊再ダウンロードしますか・・・・?

願わくばこの解決策を!?

上記のような問題は小さな問題ではありません。企業や出版社は過去の教訓に習い切磋琢磨してほしい。過去の教訓とは、VHSとβやブルーレイとHD DVD、古くはDOS-VとPC98の時のように、まずはハードの規格統一をすること。最悪でも互換性くらいは担保することです。次はファイル形式の統一化でしょう。テキスト主体の書籍と、グラフィック主体の書籍があるので、2〜3種類程度分かれるのはイイとしても、すべての端末で閲覧できる環境を整えてほしいものです。さらに基本アプリの統一。基本だけでは納得がいかない場合は、プラグインとかアドオンいう形で、各社が開発提供すればよいのです。ブラウザのFirefoxのように!基本アプリだけで十分閲覧可能だが、プラグインを入れればぐっと便利になるけど、入れるか入れないかは読者自身が判断するという形です。

そして、書籍のバックアップを可能とすることです。端末はいつか必ず壊れるのですから、実は早急に対策するべきではないでしょうか。出版社はコピー防止策に躍起になっていると見受けられます。 しかし、印刷本でもコピーと同じことを黙認しているのではないでしょうか? 最も何も言わずに黙認しているのは、図書館の存在です。ここは無料で不特定数の人が回し読みをしている公共施設です。その他には、床屋さんや喫茶店に置かれている数々の本。これも、来店者に無料で回し読みをさせています。個人間の貸し借りもありますし、古本屋やBOOK OFFなどでは、回し読みに金銭の授受が発生しています。

なのに電子書籍は、たとえ読者の端末が壊れて不都合が生じても、絶対にコピーはおろか、バックアップすらさせないという姿勢です。弊舎は不正コピーは許してはいけないと考えますが、だからといって、印刷本以上の締め付け策を、企業の都合で読者に押しつけるのは如何なものか?と考えています。

出版界は読者があって初めて成り立つ世界ではないでしょうか?現在のように読者不在の電子書籍化を進めれば、間違いなく文化になる前に崩壊することでしょう。

クールじゃないけど、弊舎はこうする!

ほかの項でも記載していますが、弊舎の電子書籍は「PDFファイル形式」です。なぜこれにするのかといえば、PCのほか各端末のほとんどで閲覧することが可能であり、複数端末を持っている読者なら、PCでダウンロード購入すれば、他の端末にもコピーして閲覧が可能だからです。当然ながらバックアップを残すことも可能です。各端末ごとにリーダーアプリは異なりますが、端末の数だけ覚えればいいのです。2台なら2アプリだけです。

その気になればPDFファイルでも動画や音声の再生、アニメーションも使え、現状でもジャンプボタンやページ移動ボタンは使用できます。リッチコンテンツ型のように、ポップアップメニューの表示や、分割ウインド表示などはできませんが、今、皆さんが読んでいる印刷本は、動画がないとか音声が出ないとか、文句を言う人はいないでしょう。であれば、PDF電子書籍であっても文句は言わないであろうと思っています。必要な内容は十分伝わるのです。

 

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